Lembrança(レンブランサ)

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About choro(ショーロとは?)

ショーロの誕生

写真:ブラジルの、リオ・二テロイでのホーダ・ヂ・ショーロ
ニテロイの一般家庭で行われた、Roda de Choro(ホーダ・ヂ・ショーロ〜ジャムセッション)。コンサートやライブ以外に、こうした演奏風景も多くみられる。

先住民インディオの土地に入植を始めたポルトガル人は、16世紀から300年の間およそ500万人のアフリカ人を奴隷としてブラジルに連れて来ました。
それぞれの民族の持ち込んだ文化、宗教、習慣はやがて混ざりあい、その後のドイツ、イタリア、アジア、アラブからの移民の増加と共に混血は急速に進みました。現在、ブラジルはもっとも複雑な人種を有する国家の一つとなっています。

混血音楽ショーロは19世紀半ば、ヨーロッパのメロディーとアフリカのリズムが出会い、リオ・デ・ジャネイロで生まれました。


ショーロとは?

初期のショーロのスタイルは、ギターの低音を土台にカバキーニョ(小形ギター)がリズミカルに和音を刻み、フルートが華やかな旋律を奏でるというもので、同時期に発生した多くの都市混血音楽と同じ特徴を持っていました。
調の異なる3つの旋律を用いる3部形式、2拍子を刻む低音とシンコペーションしたメロディー等、この時代のショーロ、タンゴ、ラグタイムの共通した要素です。
その後ショーロはクラリネットやバンドリン(ブラジル・マンドリン)等の旋律楽器やパンデイロ等の打楽器を加え、よりブラジル色の強い音楽へと変化していきました。

映画音楽にもなった「チコチコ」やバイオンのリズムを取り入れた「デリカード」他、多くのショーロ曲がスタンダードとして受け継がれ、サンバの発展やボサノヴァの誕生にも影響を与えたと言われています。

ショーロの音楽家たち

ジャコー・ド・バンドリン(1918年〜1969年)多彩なリズム、豊かな音楽性を持った曲、そして即興演奏の醍醐味がひとつになったショーロは、ブラジルを代表する多くの音楽家を生み出してきました。

ピシンギーニャ(1897年〜1973年) 指揮者ストコフスキーを驚嘆させたフルート/サックス奏者ピシンギーニャ。ブラジル音楽の父とも言われる彼は、古典的な型式美に対位法をちりばめた多くの名曲を残しました。バンドリン奏者ジャコー・ド・バンドリンは、ロマンチックなヴァウサ(ワルツ)やスリリングなサンバ・ショーロで現代ショーロの演奏法を確立しました。
近年では、3人の弦楽器奏者が緻密なアンサンブルを繰り広げるトリオ・マデイラ・ブラジルや、正調ショーロを今に伝えるエポカ・ジ・オウロなど、ジャンルを超えた活動や海外での演奏に力を入れるグループもあり、ショーロのアコースティックな響きを多くの国に紹介しています。



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