Lembrança(レンブランサ)

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Column(コラム):江藤有希

2004年ブラジル滞在日記…リオ・デ・ジャネイロ篇

2月9日(月)
旅行会社ツニブラに電話。アフターフォローや対応の評判がよかったので、出発前にこちらの会社に決めた。東京、サンパウロ、リオにも会社があるので、やはり何かの時には安心。日本語も使えるのでだいぶ気分が違う。
出発日変更の連絡をすると、親切に対応、航空会社へ連絡して変更便の連絡をくれるという。
ああ、よかった〜。
帰りの便を変えられる券にしておいて良かったのと、こういう旅行会社にしておいて良かったのと、両方の安堵感。

2月10日(火)
レッスンで使っていたノート。たまにホジェーリオが書き込んでくれる。 レッスン。相変わらずどんどん曲を弾くことの連続ではあるけれど、おしゃべりも会話の勉強になるので有難い。初回にも言われたけれど、コーヒーはお砂糖がないと飲まない、とまた強調されました。
夜はクララ・ヌニェス劇場へ。今回はブラスバンドのような編成で管楽器隊にバンドリン、ギター、ドラムが加わり相当な大音量。マルシャ(行進曲)が次々と演奏されて、景気が良い。クラリネットのフイもメンバー。ドラムのおっちゃんはとっても気持ちよさそうに叩いている。ヤマンドゥもそうだけど、うまい人って本当にもう、そういう生き物みたいに見えてしまう。
終演後のホーダは、なんというか、金管楽器が思いっきりロビーで吹いていて今日は完全に尻込み。帰ろうとしたら、いつも会場で受付をしているマウリシオの兄弟(顔がそっくりで一目でわかる)に呼び止められる。
彼に初めて会った日、マウリシオの兄弟と知って「あなたもミュージシャンですか?」と聞いたら「いや、自分は楽器はやらない。ナマケモノだから」と笑いとばされた。
その彼に今日「ほら、輪の中に入って弾いて」と言われ「いやー、今日は帰る」と返したら「ナマケモノだ〜!」と言われてしまいました。おちゃめな人でした。

2月11日(水)
何もない夜、よく窓の外をボーッと眺めてました。先週2月4日のレブロン劇場で、二人の日本人女性に出会った。二人とも20代半ば。ブラジル人男性と結婚して数年、そろって小さな子供もいる。劇場で「日本の方ですか?」と向こうから声をかけてくれた。
一人はご主人がギタリストで、日本で活躍していたこともある。レンブランサでも手伝ってもらったことのあるビーニョ(パンデイロ&フルート)とはよく一緒のステージで演奏したそうだ。帰国後話したら、ビーニョもとても懐かしそうにしていた。
もう一人はご主人がサウンド・エンジニア。スタジオや大きなコンサートでも仕事をしていて、ブラジルの音響関係の雑誌にも記事を書く。知り合って以来、奥さんが度々連絡をくれて、本当はこの日も会おうかなんて言っていたけれど、予定が合わず延期になった。
帰国後はメールでやりとり。そして秋には奥さんの実家である名古屋に一家3人でお引っ越し。東京で大々的に行われた「ショーロの祭典」には、ブラジルの雑誌に載せるからと取材にも来てくれた。
たまたま行ったコンサートが縁となりました。

2月12日(木)
レッスン前に、もう今日の午後にはリオを発ってしまうS夫妻とランチ。そういえば私はまだ一度もシュハスコレストランに行っていない、という話からS夫妻が招いて下さり、パラシというシュハスコレストランに行く。少し早めに着いたらまだ開店前、だったらお腹をすかせようと散歩することに。近くの通りがノッサ・セニョーラ・ヂ・コパカバーナだったので、知っているスーパーで色々とお買い物。ちょうど夫妻が日本へのお土産を買うということで、食材やコーヒーの銘柄のことなど、色々と詳しくて勉強になりました。
パラシに戻ると今度は開店していてお待ちかねの昼食。飲み物以外は食べ放題でバイキング形式。野菜やフェイジャン、すっかり定番になっているお寿司など、好きなだけ食べる事ができる。次々と運ばれて来るお肉を「もらいます」「いりません」と選びつつ、でもだいたいもらってしまい満腹。日本での再会を楽しみにしつつ、お別れする。レッスン後、夜に『ダーマ・ダ・ノイチ』。S夫妻が客席にいないのがなんとなく寂しい。
このあたりから、ライブの時も日本人がいない環境に追い込まれる。辞書は手放せませんでした。

2月13日(金)
コピー譜もこんなに立派に製本される。 レッスンの翌日はたいていMD聞き取り作業。何度もリピートしながら何を言われたか、書きとっていく。
昨日のレッスンではホジェーリオの個人練習の話題になって、彼は一日の練習の始めに基礎練習を二時間するという。う〜ん、結構真面目だ。技術は大変重要だという。う〜ん、ごもっともです。
この人、朝は追われているアレンジ作業をして(楽譜はパソコンで製作)午後にかけて練習。でも昼すぎとか夕方からスタジオ仕事もあり、夜はライブ演奏。特にこの時期はアジェノールの録音をひかえ、結構ハードだったらしい。練習に時間があてられず不満をもらしていた。やっぱり弾く事を一番にしたいという。
ホジェーリオはよく楽譜を持って来てくれる。それを次のレッスンまでにコピーして返す。ブラジルでのコピーは大変便利で、店員さんに頼んでおくと本一冊をまるまる両面コピー、穴空け・スパイラル綴じで製本までしてくれる。昨日はピシンギーニャ集を持って来てもらったので初見で何曲か流す。
ホジェーリオはピシンギーニャを絶賛する。翌週のレッスンでさらにエスカレート、熱く語り続けてくれました。

2月14日(土)
今日は初ニテロイ。ホジェーリオに誘ってもらいホーダ・ヂ・ショーロへ。船からの風景。海の上の教会。
まずセントロにあるプラッサ・キンゼまでタクシーで行き、そこから船にのる。
なんとなく緊張しつつ船の切符売り場に並び、チケットを買う。ニテロイまで200円しなかったと思う。船着き場には大きな船。去年の芦ノ湖観光船以来だ。昼の12時に出航し、乗っている時間は20分ぐらい。お天気も良く非常に快適、船からの眺めがとても気持ち良かったです。
ニテロイに着き、待ち合わせ場所「アラリボイーヤ銅像」の前にいくとホジェーリオが通りの向こうから手招きしている。ホジェーリオの車で目的地に向かう。出発したのはニテロイのセントロで、リオのセントロとはまたちょっと雰囲気が違う。車は海岸沿いに進み、UFOみたいな形で有名な美術館、大学ホール、いくつかの海岸を通る。暑いので半ズボンの人が多い。 ホジェーリオがそのつど土地の名前を説明してくれるのだが「イカライ」「トゥピナンバ」などなんとも不思議な感じの名前。インディオが最初につけた名前だそうだ。途中、いきなり「ここはサンフランシスコ海岸だ」と言われ、ずっこける。まぁ聖者の名前ということでしょうけれど、あまりに雰囲気が違って。それにしてもニテロイの風景は素晴らしい。緑も多くて空気もおいしい。とってものどかで大好きになりました。
さて目的地は静かな住宅街にあるお家。それぞれの家の庭には美しい草花が日にてらされて、まぶしいばかりだ。ここではしょっちゅうホーダ・ヂ・ショーロが行われていてるらしい。ホストはカシャーサ(かなり強いお酒)通だそうで、挨拶がわりにちょっとだけなめたけれどカッと熱い。まったくの下戸なのであとは遠慮する。
ホナウドとカルリーニョスの楽器での対話。 食べ物はミナス料理。フェイジョアーダなども普通とは色や香りが微妙に違う。色々なお料理があってすべてが美味しい。デザートは全種類制覇。カボチャを使ったお菓子が独特の食感で気に入った。
続々とメンバーが集まり、バンドリンのホナウド、そしてホナウドの弟でホジェーリオの兄にあたる(名前は忘れた)パンデイロ奏者、フルートやサックスを4本も持参したジルセウ・レイチ。皆好きなようにビールやカシャーサや用意された美味しい食べ物をとりつつ、次々と演奏していく。
右はホジェーリオの兄。似てる…。 ホナウドが「モンティのチャルダッシュを弾け」というので久々に弾く。他の人たちもパッと弾けちゃうんだからすごいなぁと思う。驚いたのはカルリーニョス・レイチというギタリスト。なんとジャコー・ド・バンドリンの録音のほとんどに参加していたという。80歳を越えているが、そんなふうに思えない演奏はさすが。なんともいえない味わいがあり、所々忘れた曲もあったようだけれど、一緒に演奏していて目があった時のおちゃめな笑顔など、とても楽しかった。
この日、ホナウドの膨大なレパートリーに呆然とする。次々と出てくるのだ。そしてカルリーニョスのギターを「貸して」ととってしまい「コードはこうだよ」と示す。そうかー、メロディーをわかっているだけじゃあんな演奏はできないわけね、と納得。
夕方近くなって、ホジェーリオがグロリア・ホテルで演奏の仕事があるというので、コパカバーナに近いので一緒に出発することにする。この日は本当に暑くて、エアコンのついていない車の中は本当に蒸し風呂のよう。行きは船だったけど、車だと海上高速道路を利用、また違った風景が目の前を通り過ぎる。ドライブ気分で楽しかった。グロリアに早めに着いたので冷たいお水を立ち飲みする。お金を払おうとしたら「ここは自分が払うから、君は日本でキリンの分を払って」とホジェーリオ。はいはい。

2月15日(日)
カルリーニョスと共に迎え入れられる。 この日はエポカ・ヂ・オウロのギタリスト、セザール・ファリャの85歳の誕生日。コバウでパーティライブがあるとホナウドに誘われ夕方、会場へ。コバウは常設野菜市場。その一角にいくつか飲食店があって、その中のひとつ『エスピリト・ド・ショッピ』では毎週ショーロ・ライブが行われている。今日はその場を借りて、という形。
一応楽器は持って行ったものの、まぁすごい人たちが出演するでしょうから、関係者から「弾くの?」と聞かれても「わ、わかりません」と答えてしまった。ホナウドが到着し「弾くんだよ」と言われ、覚悟を決める。
ジョルジーニョにサイン。 続々とミュージシャンが集まり、ライブも始まる。毎週演奏しているグルッポ・サラウはまだ20代前半のブルーノ・ヒアン(お父さんが有名なバンドリン奏者デオ・ヒアン)がひっぱっている。お父さんゆずりの端正さに遊び心も加わっていて素晴らしい。でも後ろにどんどんミュージシャンがひかえているので慌ただしく交代。
エンヒーキ・カゼス登場。そしてバンドリンのジョエル・ナシメント登場。この人の演奏大好き!エンヒーキと一緒に何曲か演奏。相変わらず自由にやらかしてくれます。そしてクラリネットのパウロ・セルジオ・サントスだ!さすがです。パウロ・セルジオの演奏はCDで聴いてとても好きだったけど、やはり素晴らしい。
皆さんじっくり聴いて下さいました。 さて、なんだかすごい人ばかりステージに出て来るけど、あんまりすごい人たちの後で呼ばれるのもなぁ・・と思いつつ楽器も用意して待っているがいっこうに呼ばれない。するとホナウドが「エポカ・ヂ・オウロが一曲弾いたら君を呼ぶからね」と言う。あ、そうですか。え?あ〜・・と、一瞬意味がわからなかった。
そして。エポカ・ヂ・オウロ登場。みんなリラックスした服装で配置につく。 そして音が出ると・・抜群のアンサンブル、ホナウドの素晴らしいソロ、七弦トニの遊び心、ジョルジーニョのアグレッシブかつ揺るぎないグルーヴ!幸せ気分倍増。証拠写真という感じ(笑)。と、ここで本当にホナウドに呼ばれる。なんと、エポカ・ヂ・オウロをバックに演奏することになってしまったのだ。
お客は満員。立ち見も大勢。客席には先程の演奏者やヤマンドゥ、デオ・ヒアン、アミウトン・ヂ・オランダもいる。さすがに緊張するが、エポカの音が鳴り始めた途端、幸せになった。「ヴィブラソニス」「サンバのレシピ」を演奏。後ろでトニの七弦低音がうなる。きゃ〜楽しい!メンバーとアイコンタクトしながら、時にトニがソロをとったりホナウドがからんできたり。老練セザールや昨日知り合ったカルリーニョスと一緒に弾けたのも貴重な経験。演奏が終わるといっきに緊張がとけると共に色々な人から声をかけられた。
この二曲を演奏した時の感覚は今でも忘れられません。ホナウドに感謝!


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